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軸。


軸。
熊野佑紀

こんにちは。熊野です。
2年に上がって教育や心理について本格的に勉強し始めて、1年の後期あたりから0になっていたモチベーションが今グングン上がってきていて、とても楽しい学校生活を送っています。

そんな中で自分のより良い教育を目指す道筋というかアプローチの仕方のようなものが少しずつ変わってきたので、その根底にあるものを忘れてしまわないために、このブログを利用して今までの考えの変化をアウトプットしておきたいと思います。

ただの備忘録的なものなので適当に読んでください(笑)。めちゃくちゃ長くなりそうな気がするので。

僕はもともと高校生の時、心理学を学んでカウンセラーになりたいと思っていました。カウンセラーとして学校教育の中で疲れてしまったり傷ついてしまった子のケアをする仕事をしたかったのです。

そのため、当時は阪大の人間科学部か、神戸大の発達科学部を目指していました。

結局、そこまでは成績が届かなくて九大の教育を受験しました。

今考えると九大の教育に入れて本当に良かったなと思います。

何故なら早々に心理職を目指すよりも教育者を目指す道の方に関心が移ったためです。

いや、今でも心理学やカウンセリングに関心は非常にあるので心理職の道を諦めたと言った方が正しいかもしれません。

自身の心の弱さに気付かされ、そんな中で他人の心の傷に直に受け止めること、そしてそれを仕事としてずっとやっていくことに不安を感じました。自分に他人の傷や痛みまで抱え込む度量と覚悟はあるのかと。

そんな中で自分がそういう道を目指すようになったのはどうしてなのか、その根底にあるものを見つめ直しました。

そこで行き着いたのは、「学校教育の中で生きづらさを感じてしまった生徒をどう救い出すか」ということ。

僕が教育に関するトピックとして一番挙げるものにスクールカーストというものがあります。
スクールカーストという言葉で表される現代の学級の様子がどうにも苦手で、また、自分自身このスクールカーストに対して、被害者意識、また加害者意識の両方を感じていて、それが自分が教育の道を志すようになった一番の引っ掛かりとなっています。

そこで最初に行き着いたのは、スクールカーストのような状態が起こらないような学級経営を目指し、できるだけ多くの生徒が学校教育に居心地の良さを感じることができれば良いんじゃないだろうかということです。

そういう感じでスークルカーストの性質だったり、学級経営の仕方だったりを一番中心的に考えていたんですが、最近授業で社会教育とかインフォーマル教育を学んだり、人の話を聞いたりして少し考え方が変わってきました。

ここまで読んでいただいた方ありがとうございます。ここからが本題です。

考え方が変わった、というのは、なにも学校教育、というか学級の中に固執しなくてもいいなということです。人の意見を聞きながら、学校に行かないという選択をした子にとっての最終ゴールは学校に引き戻すことではないだろうなぁと。

今までは学校に行きたくなくなっちゃう生徒がどうやったら減らせるかってことを考えてたんだと思うんですけど、その生徒にとって自分の力を発揮できる場所っていうのは学校じゃないところにあるのかもしれない。

そういう、居場所になり得るかもしれない場所っていうのを提供するような社会教育って魅力的だなぁ思うようになりました。

ただやっぱり自分にとっての教育は学校の中にあって、学校なしには教育について考えることができない。

だから、今は学校教育の中に社会教育の考え方を取り入れるということを考えていきたいと思います。学校の中の学級以外の居場所。保健室でもいいし、図書室とか、パソコン室とか、もしかしたら職員室だったりするかもしれない。そういう場所を学校にいる人がどう考えて、どう生徒と向き合うか。みたいな。

またきっと色んな授業受けたり、色んな人の話聞いたり、本を読んだりする中で、考え方は変わっていくと思います。そうした時に自分の中の軸っていうのがブレないように、今までの考えをその都度思い返してみたいものです。

すごい長くなっちゃいましたね。こんなのFacebookに書けよっていう(笑)
失礼しました。

ではまた。


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