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反・ファッション論


反・ファッション論
木佐貫伊央

0.はじめに

キャリア教育、ジェンダー、ブラック部活…
どれも最近話題の概念ばかりです。

しかし、話題になっているからこそ、
これらを深く考えずに「ファッション」として身に纏ってしまってませんか?
思考を飛ばして実践してしまっていませんか?

今回は、そんな、「反・ファッション」のお話です。

1.「ファッション」

こんにちは!
WITH-Ü代表の伊央です。

突然ですが、僕は普段着るものに無頓着で、リーズナブルな服を着まわしています。
どのくらいかというと、
8割がユ○クロ系列のお店の服、この季節だと上4着・下2着くらいで着回す、といった感じでしょうか。

もうちょっと気をつかえよ、という意見もあるかと思いますが、まあそれはおいといて。

なにをいいたいかというと、
流行を追っかけるひとも、じぶんのスタイルを貫くひとも、人それぞれ。
「ファッション」とアイデンティティーは深くつながっているのだなあと感じます。

「ファッション」ということばをつかいました。
ここで、(それこそ最近WITH-Üのブログの流行にのって)
「ファッション」の意味を引いてみましょう。

ファッション:流行。はやり。特に、流行に即した服装・髪型など(goo辞書)
ファッション:「仕方」「流儀」「流行」を意味する英語「fashion」からの外来語(語源由来辞典)
ファッション:自分らしさという幻想と(の)戯れ(鷲田清一、1998)

ここからわかるように、ファッションは、ふだん、洋服や髪型など身体的(あるいはそれに近いもの)についてのことばとして扱われていますが、実は、いろいろな意味を持っているのです。

 

2.反ファッション

ROBE編集長のAzuさんは、「正義=多数の意見=おしゃれ?」と題してこんな話をしています。

最近、ファッションとかおしゃれという言葉に違和感を感じています。
(中略)
「コレしておけばかっこいい、おしゃれ」とか
「周りの“イケてる“空気を感じているから行動する」とか、そういうのは少し悲しい。
(中略)
行動しないという意志も大事なんじゃないかなぁ、と最近の空気を見ていて感じました。
惰性からの拒否ではなく、意志としての拒否ならいいと思うのに、
それすら許されない空気が漂っているというか。
(中略)
同調を求める空気というのは膨らめば膨らむ程、実態がつかめなくて恐ろしいんだと。
(中略)
画像や動画でアピールすることでいくらでも「やりました感」を出せる時代が生み出した、
新しい形の正義とファッションなのでしょうか。
私はそんな正義でファッションを満足してほしくないです。
(FACY LADY:https://facy.jp/articles/2474

これは主に服飾について書かれた文章ですが、
「ファッション」を広義と取れば、すべてのことについて、
このようなことがいえるのではないでしょうか。

つまり。
僕が言いたいのは、
世間で流行っている意見を、深く検討することもなしに、「ファッション」として身に纏っていないか。正義を振りかざしている気になっていないか。
ということです。

 

3.ジェンダー

その最たる例が、ジェンダーに関する論争ではないでしょうか。
近年、女性進出やLGBTQへの理解に、社会全体が一体となって動いている印象です。

もちろん、それ自体は、本当に良いことだと思います。
お互いを認め合い、性に関係なく、心地よく生きられる社会。
素晴らしいですし、社会の一員として、ほんのすこしでも、実現するお手伝いをしたいです。

しかしその一方で、ひとつの疑念を感じています。
それは、先に触れたとおり、一部で、ジェンダーの尊重が「ファッション」になっているのではないか、ということです。
選挙で支持を集めるために女性進出社会の実現を謳う、企業の対外アピールのためにLGBTQの積極雇用を行う、など。
女性進出という価値を目的にした政策ではなくて、女性進出を謳った政策という価値。
どこかずれてきているのではないでしょうか。

美容アイテムなどを扱うブランドLUSHが、今年の冬、北米で、とあるキャンペーンをはじめました。

トランスジェンダーの支援団体とコラボした商品を販売し、その売り上げ全額を関連団体に寄付するという内容なのですが、今回ご紹介したいのは、その内容ではなくキャッチコピー。

店頭に大きく掲げられたメッセージには、
This is my identity, not a trend.
の文字が。

「ダイバーシティに関する各種キャンペーンが増加している現状に警鐘を鳴らすかのよう」と報じられています。
(AdGang:https://adgang.jp/2018/02/157661.html

4.おわりに

人間にとって、
「何かをひとから教わる/教えられる」という過程は、避けて通ることのできない道です。
近年では、情報リテラシーが高等学校の内容としても扱われるようになりましたが、
それはあくまでも「情報が正しいか、間違っているか」という問題です。
もちろんそれは大前提として大切なのですが、「じぶんがどう思うか」という部分も、
それと同程度に、いや、むしろそれ以上に、大切なのではないでしょうか。

僕自身、じぶんのなかで一旦咀嚼して意見を持つことを大切にしようと思っている、今日この頃です。

みなさんも、「世間の当たりまえや流行」を思考停止してファッションとして受け入れるのではなく、
もう一度、「じぶんがどう思うか」を問い直してみませんか?

最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
それでは!再見!


WITH-Üでは、毎月第一土曜夜に、「かえる会」という勉強会を開催しています。
「知識・意識・認識をかえる」をモットーとして、「当たりまえ」を再考する、そんな営みです。
次回は6月2日(土)19:00-21:00@西市民センター。
参加申し込みはこちらから→https://goo.gl/forms/dkMeULWWQsboREHH2


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