かえる会

笑いと正義の見識を「かえる」


笑いと正義の見識を「かえる」
小園 夢輝

こんにちは!ご無沙汰しております、小園です!

福岡は先日梅雨入りし、いよいよ「かえる」の季節になってきました。僕の住んでいるところの周りでも、かえるがけろけろと大合唱を繰り広げています。今回は、そんな中おこなわれた、6/2のかえる会についてレポートしていきます!今回のかえる会はなんと2本立て!

 

1本目は、2代目メンバー松延壮による『笑いについて』。みなさんは、お笑いやバラエティ番組を見て「なんでこれ面白いんだろう」なんてこと、考えたことありますか?(ちなみに僕はないです…笑)そんなお笑いの「面白さ」にはなんとメカニズムがあったんです!

そこで紹介されたのが、”Benign Violation Theory”(直訳すると、「害のない逸脱説」?)。つまり、面白いことの条件は、

① 無害であること

② 日常から逸脱している(非日常的である)こと

③ ①②の両方を満たしていること

の3つだということです。確かに、日常生活の中では笑えるような出来事は少ないし、たとえ非日常的だったとしても、財布を取られたり、事故でけがをしたりなど、実害があったら面白くはないですよね。笑いにはそんな仕組みがあったとは…

そうしてBVTについて理解した後、実際にコントや漫才の動画を見て、その面白さについて考えました!さすが松延君が選んだ芸人さん、ネタはどれも面白くて、会場は今までにないくらい笑いであふれました(笑)

なるほど、お笑いで描かれる場面は非日常的だし、「設定である」とわかったうえで見ているから実害もないので面白いんですね!ボケだけではなくて突っ込みにも、「ボケがつくった『逸脱』を浮き彫りにする」という大切な役割を担っているようです。

最後に取り上げられたのは日本と欧米の笑いの違い。日本はコントや漫才などのコンビやトリオなど複数人でやるネタが多いですが、アメリカなどでは1人でジョークや風刺まじりの話をする漫談(スタンドアップ・コメディー)という形式が主流。コンビの「ボケ」という逸脱を作り出す役の人がいない分、政治や宗教などもとから違和感を持つことの多い題材を扱うことが多いようです。

「笑い」というテーマでコントや漫才を分析してみたり、文化の違いについて考えてみたり、まさに、普段からふれているものの見識を「かえる」ことができました!今度お笑い番組を見るときには「そのボケはどう逸脱しているのか」なんかを考えてみるのもおもしろいかもしれません!

 

2本目は、初代の熊野佑紀による『正義について』。正義と聞いてみなさんは何を思い浮かべるでしょうか…?今回熊野が取り上げたのは「ウルトラマン」。確かに、地球の平和を守るために怪獣や宇宙人と戦う科学特捜隊とウルトラマンはみんなのヒーロー。誰に聞いても「ウルトラマンは正義」だと答えるでしょう。しかし今回紹介された怪獣「ジャミラ」のお話は、正義とはなにか考えさせられる内容でした。

どんなお話?という方のためにちょっとだけご紹介。ジャミラは、元は某国が打ち上げた宇宙船に乗っていた宇宙飛行士。事故にあって水のない惑星に不時着してしまいました。しかし某国は国際批判を恐れてその事故を隠ぺい。見捨てられてしまったジャミラはそのうちに身体が適応し、水がなくても生きられる怪獣と化しました。その後宇宙船を修理・改造し、報復のために地球へ帰還し、旅客機の破壊を繰り返します。その後某国はジャミラが地球人であることを再び隠ぺい。ただの宇宙から来た怪獣として駆逐するよう命令し、科学特捜隊やウルトラマンの活躍により倒されました。

このお話を通して

・某国がジャミラを隠ぺいしたのは正義か?

・ジャミラに同情の余地はあるのか?

・ある特捜隊員の言った「ジャミラと戦いたくない」という言葉は正義か?

・ジャミラの墓石を立てたのは正義か?(人間のエゴではないのか?)

といった議題が上がりました。考えてみると、2回のジャミラの隠ぺいも世界を混乱に招くのを防いだと見ると正義かもしれないし、ジャミラの報復は関係者以外に対しても被害を及ぼしたという点ではすべてに同情することはできません。「ジャミラと戦いたくない」という気持ちもわからなくはないですが、被害を受けている街の人々を見放してしまうでは正義とは言えないかもしれませんね。「正義」とは私たちが想像しているように単純なものではないみたいですね。何が正しいと感じるかは国や宗教観、個人によって異なります。その中では、すべての人に共通した「正義」というものは存在しないのかもしれません。

また、日本語の「正義」と英語の”justice”はニュアンスが違います。英語の”justice”は「人々の公正な扱い」という意味があるのだそうです。

それを踏まえて、最後の議題は教育の中で公正としての「正義」。公正な教育が受けられる場としては学校がよく上げられますが、不登校や非行などの問題を抱えている子どもや、障害をもつ子どもなど、学校を公正な場にするうえでの障壁は尽きません。その中ですべての子どもが公正な教育を受けることはできるのか、そのためにはどのようなことをするべきかといったことを考えました。

今回も笑いや特撮ヒーローといった身近な題材から、とても深い議論を繰り広げることができる、見どころ満載のかえる会となりました!このレポートを見て「面白そう!」「行ってみたい!」と思ったあなた!次のかえる会に参加してみませんか?詳細は後日お知らせします!

それでは、次回もお楽しみに✋


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