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考えよう。


考えよう。
黒岩竜大

最近、暑さのせいか、ぼーーーっとしている時間が多くなっているし、食欲が減っている黒岩です。
集中豪雨の後は地獄のような暑さ。うんざりです。
皆さんも体調管理には十分に気を付けてください!

大学生活に慣れたこともあり、一日合計4時間の通学時間、授業中、家にいるとき、風呂に入っているときなど、とにかく、ぼーーーっとしている時間が一日の大半を占めていて、ここ数日の日常を振り返ると、自分は何をしているのだろうという感覚にまで陥ってしまっています。
あの、もちろん勉強とかバイトとか運動とかもしていますよ?

ただ、大学に入学したての頃のように、自分の中に宿していた高い志が知らぬ間に失われてしまっていたのは確かです、、、(その頃の自分の志が本当に高かったかどうかよくわかりませんが、将来はこんなことをして、こんな自分になりたい、みたいなことについて結構考えていました)。

このように怠惰な黒岩竜大ですが、講義中はしっかりと先生の話を聞いているのです(当たり前ですね、すみません)。

ということで、今回は僕が大学の講義中の話で気づかされたことについての話をしてみようと思います。

皆さん心理学って聞いてどんなことを頭に思い浮かべますか?
多くの人が、血液型性格分類だったり、手相によるその人の運命を予知するやつだったり、吊り橋効果(不安や恐怖を感じてる時に出会った人に対して恋愛感情を持ちやすくなる効果のことね)だったりを思い浮かべるのでは?
昔から最近まで、この手の話はたくさんの人が興味・関心を持ちやすく、心理学に基づいた本は書店に数多く並んでいますよね。

僕も興味を持って、それっぽい心理本や心理学を応用した自己啓発本とかを読みあさってみたことがあります。
そのような本を読むことで自分の考え方が変わったり、成長できた気になったりしていました。

しかし、皆さんもよく考えてみてください。
例えば、血液型が違うだけで人の性格ってきっぱりと分類できるものでしょうか?

僕はそうは思いません。
血液型というのは、血液中の赤血球の細胞膜表面にある糖鎖の最後の一つの糖の違いによってA型・B型・O型かを分類しているのであって、たった一つの糖の違いによって人の性格が左右されるとは考えにくいと思います(血液型の分類法についての話は少し専門的なので読みにくいかもしませんが、興味がある方は→tousa.meneki.jp/ketueki.html を参照ください)。

実際、血液型性格分類についての研究は昔から行われていますが、今のところ確証を得た研究結果が出ていないのが現状だそうです。
それなのに、たくさんの関連本があり、それを読んだ読者は内容を信じて、自分の性格に当てはめようとしてしまいます(僕も血液型のほかにも、星座占いとかを毎日信じて行動していた時がありました)。

ここで大切なのは、何が真実で、何が自分にとって有意な情報・事実であるかをしっかりと確かめて、自分の脳みそを使って「考える」ことであるということです。
人間には、「後知恵バイアス」というものが心理的に働くようで、自分が得た情報をあたかも最初から知っていたように思う、という傾向があるみたいなので、目の前に現れる情報をそのまま信じてしまうと、その情報についての真偽を確かめることなく過ごしてしまうかもしれません。

でも、そんなの嫌ですよね?
自分が信じていたことが実は根拠のないことでした!(笑)みたいなのは。

だからこそ、知り得た情報が本当に正しいのか、その情報の内容はどうしてそのような内容なのか(わかりにくいかもなので、例としては、吊り橋効果がどうして生じるのか、みたいな)について、自分で懐疑的に「考える」という行為は不可欠な営みである、ということについて講義で先生に言われた時には、大切なことを教えてもらったな、と思いました。

将来、未常識を常識に変える立場になることを想定した時に、情報を収集するうえで、得た情報について綿密に吟味することを怠ってはいけないことを改めて認識しました。

とまあ、怠惰な黒岩が講義で習得したありがたいことに関しての話をしてみました。

皆さんも、暑さに耐えきれずに思考停止なんてこともあるかもしれませんが、熱中症には十分に気をつけたうえで、自分にとっての真実が真実であるかどうかを「考える」ことを大切にしてみてください。

理系なりの文章ですので、反論したくなるようなこと、それは違うだろみたいなことがあればコメントをお願いいたします。

以上、「考える」とか言いながら平日に3時間もバスケをダムダムしていた黒岩でした。
読んでくださってありがとうございます。


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