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何かを失うことは・・・


何かを失うことは・・・
筒井優菜

みなさんこんにちは。筒井です。
夏が近づいてきましたね~。台風も上陸するかも?とのことで、また、被害が大きくならないか心配です。
皆さんの地域は大丈夫でしょうか。
 

さて、今回は個人的な話をさせていただきたいと思います。少々聞き苦しい話になるかもしれませんが、どうぞお付き合いください。

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冬の寒い日、大雨の中、一人の女の子が交差点で信号待ちをしていました。

早くおうちに帰りたそうに足踏みをしています。

やがて、信号が青に変わり、女の子は横断歩道を渡り始めました。

 

ふと、何かを感じて、女の子は左を振り向きました。

 

見えたのは、車のナンバープレートと、まるで熱せられたプラスチックのようにくにゃりと折れ曲がる傘でした。

 

ドン

 

とてつもなく大きな鈍い衝撃と共に、女の子は意識を失いました。

 

目が覚めたのは、車の真下でした。

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 これは、私が小学校三年生の時のお話です。
横断歩道を歩いてきたとき、右折してきたダンプカーに巻き込まれました。
目が覚めると、車の真下。下半身を動かそうとすると激痛が走り、やむなく上半身を使って車の下からはい出しました。
肩ひもがちぎれたランドセルが転がり、被っていたはずの黄色い帽子には、雨と血が混ざった薄い赤色の液体が入っていました。 

 

まさか

まさか自分がこんな大事故に巻き込まれるとは

まさか自分が将来歩けないかもしれなくなるとは

 

皆さん、まさかって意外と近くにあるんです。
絶対ないって思ってたことが実際に起こることだってあるんです。

 平凡は非凡なり。

この言葉の意味が今ではとても理解できます。

事故に遭ってから、平凡ってすごいことなんだなと実感するようになりました。

 まずは自分で息をすること。
事故当初、人工呼吸器をなかなか外すことができませんでした。
特に、手術が終わった後の人工呼吸器は手放せません。酸欠で気持ち悪くなっちゃうんです。

 次に、ごはんがおいしく食べられること。
水さえ吐き出してしまい、点滴で栄養を取っていました。
もともと食べることが好きだったのであれほどつらいことはなかったです。

 そして、自分で歩けるということ。
リハビリの初日、松葉杖を使って立つ練習を開始したときです。
まずは立ってみようという話になり、松葉杖を付けて、立とうとしました。
でも、その瞬間、床に崩れ落ちてしまったのです。
必死に自分では力を入れているつもりだけど、立てませんでした。
力が入らないのです。
これは、自分の中で一番ショックな出来事でした。 

でも、事故に遭ったことを、あんまり後悔はしていないんです。
もちろん、事故に遭わないのが一番だとは思いますが。

 

私を入院中にずっと支えてくれた、父の言葉があります。

 

何かを失うことは
何かを得ることなんだよ

 

事故に遭って、いろいろなものを失ったことは確かです。
つらいこともたくさんあったし、事故を恨むこともありました。

でも、得たものもあるのかなって思ってます。
きっと事故に遭わなければ、今のあたりまえの毎日の大切さに気付くことはなかったと思うんです。

ただ、友達や家族と笑って過ごしていることや

朝から、気持ちよい風を浴びながら登校すること

のんびり散歩しながら、今日一日を振り返ること

 当たり前の時間がとても貴重だなと思います。

過ぎ去ったら二度と帰ってこないし、いつかは失うかもしれない日常

だからこそ、自分にとってはむちゃくちゃ大切で

毎日、毎日が、砂時計の粒が落ちていくように感じます

 

今日という日を大切に。

 

そんな風に生きていけたら幸せだなーと思います。
当たり前なことに感謝する日があってもいいのかもしれません。

 思うままに書いてしまったので、おさまりのつかない文章になってしまいましたが、最後まで読んでくださってありがとうございました!


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