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山村留学と原点のはなし。


山村留学と原点のはなし。
荒木ゆうか

この夏は、インターンシップで東峰村に1週間滞在していました。
東峰村プロジェクトの代表をしていたり、
ふるさとのはなし。思い出のはなし。
東峰村に触れることが多かったり。
そもそも、荒木と東峰村にはどういう関係があるの?と思われている方もいるのではないでしょうか。

インターンシップ期間中、
「どうして、東峰村にインターンシップなの?」
「どうして、(先生になるわけじゃないのに)教育学部に行ったの?」
「どうして、教育に興味を持ったの?」
と聞かれるたびに、同じはなしをしてきました。
東峰村が私の「第二のふるさと」になった原点、
そして、私が教育に興味を持った原点である『山村留学』について
今回は書こうと思います。

『山村留学』(さんそんりゅうがく)。
日本各地で行われていますが、いろいろと、制度や仕組みが違うようなので、
あくまで私の例を紹介します。

私は、小学5年生と6年生の2年間、
山村留学をしていました。
私が山村留学をしていた東峰村小石原では、
平日は山村留学センターと呼ばれる2階建ての普通の家で生活し、
土日は、隔週で実家に帰るか、地域の里親さんの家に泊まるという生活でした。
山村留学センターでは、朝起こされ、布団をたたみ、着替えて、食事をとることからみんな一緒。
ここでいう「みんな」というのは、同じように山村留学に来ている小学生と、指導員のこわーいおじさん(怒られそう)と、同じく指導員の優しいお姉さん。
そして、食事のときは、「寮母さん」と呼ばれる地域のおばあちゃんが料理を作りに来てくれます。

ただの宿泊型のイベントと違うのは、
住民票を移し、その地域の学校に1年間通学すること。

「小学生で親元を離れるのは寂しくなかったの?」とよく聞かれますが、
山村留学センターでの生活と、学校や里親さん家での生活が楽しかったので、
寂しい思いをすることはありませんでした。

「山村留学をしていた」というと、ある一部の方々、
しかも、結構多数の方から、
「どんだけ、親の手に負えない子だったの?」と聞かれます。

「山村留学」には、どうやら、
「親の手に負えない子どもが預け入れられる」
「都会の学校があわなかったから(不登校etc.)田舎にやった」
などの偏見があるようです。
びっくり。
私の場合は、全く違いました。
どちらかというと、いい子だったと思います。(笑)
そしてなにより、それまで通っていた小学校も、友達も、勉強も、だいすきでした。

では、なぜ山村留学を?
きっかけは、小学4年生の頃に参加した、体験会でした。

当時、小学生向けのイベントがあると、
「行きたい!」と、何でも参加していた私。
篠栗の社教センターのイベント(レッツゴー5&5)に毎月通っていたり、
北九州市立文学館で、 佐木隆三さんにルポルタージュの書き方を教えてもらったり(こどもペンクラブ)、
いろいろなことをさせてもらいました。

そんな好奇心の塊のような小学生時代、たまたま夏に「小石原というところでキャンプがあるよ」と言われ、
「行きたい~」といったのが、初めのきっかけでした。楽しそうだったので。

夏の体験会は、確か、20人くらい参加者がいたんじゃないかな?
竹を切ってそこに流しそうめんを流し、
それを、自分で作った竹のお箸と器を使って食べたり、
竹で水鉄砲をつくって遊んだり。
夜は、山村留学センターにみんなで泊まり、
地域の方の家にも1泊したのかな?
とても楽しかったです。

その勢いで、秋の体験会にも参加しました。
すると、参加者が激減。
普通の土曜日だったことと、日帰りで「学校体験」だったからかもしれません。
しかし、私にとって、この「学校体験」が山村留学に行く決意をした原点であり、
今、教育について考えるときの原点でもあるのです。

体験したのは、理科の授業でした。
季節は秋。秋の植物に関する授業でした。
想像してみてください。
私の地元の小学校では、1つの教室に約40人がぎゅうぎゅうに座り、
教科書を開いて、新しいことを知るのが授業でした。
理科に関していえば、たまに、実験室で実験をしたり。
今は、ICT教育も進んでいるでしょうし、PCやタブレットで調べてみたりもするんですかね?

さて。小石原小学校のはなしに戻ります。
教室には、1つ1つ机が離れて、20個ほどの机が並んでいます。
(これでも、学校で1番人数が多い学年でした)
理科の授業が始まりました。
先生から言われたのは、
「今日は、秋の植物について勉強をします。
では、みなさん、外に出ましょう。」

外に出て、校舎の周りをぐるぐるまわると、
ススキやお茶の実、いろいろな植物がありました。
それを、とってみたり、絵にかいてみたり。

その授業が楽しくて楽しくて、
「来年からこの小学校に通う!!!」と心に決め、親を説得しました。
(反対せずに送り出してくれた親に感謝です)

その出会いからはじまった、2年間の山村留学で、
もともと好きだった「勉強・学校」がもっと好きになり、
東峰村のことも、だいすきになりました。

「私も、学校の先生になって、勉強することの楽しさを伝えたい」と思って、
小学校の先生になろうと思ったのが、教育に興味を持ったきっかけです。

 

私が卒業をするタイミングで小石原小学校は閉校になり、
お隣の宝珠山小学校、東峰中学校と合併して、東峰学園となりました。
同時に、山村留学も終了しました。

「勉強することの楽しさを伝えたい」という気持ちは変わりませんが、
今は、「山村留学」への恩返しをするために、
偏見をなくすこと、良さと欠点に向き合うことが、
私の使命であり、私のしたいことではないかなと思っています。

長い長いはなしとなってしまいました。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。

(上の写真は、小学生の頃の、冬の小石原。
雪が降った日は、時間割を変更して、みんなで雪合戦をしていました。
しかも、雪の盾を作るところから始まります。)


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