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惜しむ幸せ


惜しむ幸せ
叶彩花

こんにちは、お久しぶりです。叶です。
前回はブログ担当日をすっぽかしてしまい、誠に申し訳ございません…。
やっぱり普段から書き溜めするとか、思うことをコツコツ何らかの形にしていくことって大事ですね。自分が何を考えてたのかとか、せっかく気付けたことなのに忘れちゃったこととか思い出すのに良いですし。コツコツ書き溜めガンバリマス。

てな感じで今回も書き溜めできてなくって直前に考えてる感じなんですけど、とりあえずふとした時に感じることについて話そうかなーと思います。

 

私って共創学部に入る前、というか志望してるとき、地域の活性化がしたいなーと思ってたんです。自分が住んでたところが、どんどん人がいなくなって、住んでる人もどんどん高齢化して、空き家も空き地もどんどん増えて、とか。そんなのは嫌だ!どうにかせねば!みたいな。何とかして人を呼んで、たとえ不便でも田舎な地元ならではの魅力があることも知ってもらって、そこに住んでもらうことでこの魅力を共有したいし無くしたくない、なんて思ってました。
なんですがね。。。
一回電車に乗って外の景色を見てるときに、森に囲まれて家が2、3軒ぽつんとある所を見つけて、ふと思ったんです。
「でも、ものが廃れて無くなっていく様子って美しく感じる時もあるし、切なさを感じつつもそれを幸せだと感じることってあるよなぁ」って。これがタイトルの「惜しむ幸せ」ってやつなんですけど。
だからですね、何か今では地域創生とか、地域の活性化とかを聞いてもそんなに反応できないというか。なるようになればいいんじゃね?とか適当なことを思ってみたり。
なんか、何かが緩やかになくなっていくこととか、それを受け入れつつも毎日の生活を繰り返す様子だとか、体験してみるとどう感じるんでしょうね。とか言いつつ、もしかしたら気付かないうちに、私たちはそれを体験してるのかも。

何かを失った時って、その瞬間はとても悲しかったり落ち込んだり、絶望したりするかもしれないですけど。何とか立ち直って、失った状態が日常になって、そのことを振り返ることが出来るようになった時って、寂しいけど幸せだなって思えるんですよね。(もしかしたら私だけかもしれないですけど。)
結局なにが言いたいかと言われると自分でもよく分かんないですが、とりあえずもしこの感覚に共感できる方いたらお友達になりましょう(適当)。

何で惜しむ幸せについて話そうと思ったかと言うと、最近社会に対して生き急ぎすぎじゃない?って思うことがあってですね。なーんかこんなゆるい考え方をして生きていくのもいいんじゃない?みたいに思いまして。とりあえずこんな感じに考えることもできるんだヨ~(棒)って知ってもらえたらいいなと思って話してみました。どうでしょうかね?

てなわけで今回のお話はここまでで。次回は書き溜めしてバタバタすることなく投稿がスムーズにできたらいいなーと思います。次回も暇なときに叶の思考に付き合ってやってください。
今回も閲覧ありがとうございました!


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