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集団行動が苦手なはなし。


集団行動が苦手なはなし。
荒木ゆうか

こんにちは!
先週末、サークルの旅行で長崎に行ってきた荒木です。🐧
長崎に行くときはいつも佐世保だったので、
小学校の修学旅行ぶりに、長崎市を訪れました。

本当に楽しい旅行だったのですが、
私は旅先での集団行動がときどき苦手になることがあります。

その理由として、
①スタンプラリーをしたがる
②展示をじっくり読みたがる
など挙げられます。
(まわりを察して控えめになるときはありますが)

スタンプラリー。
子どもたちがするイメージもありますが、
見つけたら、せずにはいられない…。
単純にスタンプを押すのが楽しかったり、思い出になるというのもありますが、
そこに設置されている意味というのは、
見過ごしたくないなぁと思います。
スタンプを考えた人の思いもあって、スタンプはここにいるんだなぁと思うわけです。

展示をじっくり読みたがるのは、
いろいろかいてあるパネルが面白いからです。
これは…美術館で鍛えられたのかなぁと思っています。
小学生の頃、よく美術館に行っていました。
毎週通っていた図書館のとなりにあったということと、小学生は入館料が無料だったということが関係しています。

はじめは、じっくり見て回る両親を出口や椅子で待つのが退屈でした。
絵って、ちらっと見るだけだったらすぐ終わるし、
静かにしていないといけないし、行き場に困ってしまう。
先に帰れるわけではなかったので、退屈するだけ。
そのうち、負けないくらいゆっくり歩こうと決めました。
絵の横にかいてある解説を丁寧に読み、絵を見ながら、どこか自分なりに意味を見いだそうとしてみる…。

回数を重ねていくと、
短い説明の文章も、いろいろな世界と繋げることができるようになりました。
…といっても、これを実感し始めたのは大学生になってからですが。

今回も、大浦天主堂での展示を見ながら、
高校の世界史で習ったことを思い出してみて、歴史的背景と繋げてみたり、
先日訪れた日田市(大分)では、
咸宜園という場所で、今学んでいる教育の歴史を実物と照らし合わせてみたり、
展示の不備に気付いたり(笑)、
なんの知識も持たずに見るよりも、
いろいろ知っているからこそ、面白いものが多くありました。

話を戻します。

こんな風に、大人数で旅行にいくと、
私って集団行動が苦手なんだな~と気付かされます。
けれど、高校生の頃も、その前も、
合唱コンクールでみんなで一致団結!とかいうのは嫌いではなく、
昼休みに集まって練習しよう!というのも楽しむタイプの人間でした。

多分、自分が「いい」と思っている行動に集団で挑むのは得意だけれど、
自分が「いい」と思っていることに同意してもらえないとき、我慢しなければならないから、集団行動が苦手なのではと思いました。
好きなペースで展示を見たいし、好きなことをしてみたい。
せっかくのチャンス、なかなか来れない場所だから。
「いい」と思う感情の差異によって、とりたい行動に差異がでるのは当然のことです。

以前、
「個性的に生きるための条件」について考えた際、
当時高校生だった私は「個性」の定義を、
感情の差異によって生じるものだとしました。
そして、感情に差異が生じることは、生物学的に当然のことである、と。
(茂木健一郎さんの『疾走する精神』という本にそのようなことが書かれていたので)

個性を生かす教育、
個性を伸ばす教育、

中高生の頃から、
学校行事としての見学では、なるべくまわりにあわせて、
展示の文字は斜め読みし、
スタンプラリーも友達が一緒にしてくれそうならする、みたいに
個性を突き通すことと、
集団行動をすることの矛盾を感じていました。

今、集団行動が苦手に思えるのは、
自分の個性を確立させることができてきたからでしょうか。
簡単に曲げられるものではなくなり、
集団行動より重要なものだと思い始めたからでしょうか。

大人になるにつれて、わがままになり、
自己中心的になってしまったような、今日この頃でした。


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