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ロサンゼルス・ダウンタウンにて


ロサンゼルス・ダウンタウンにて
松延壮

こんにちは。新たな年が始まりまして、僕は再びロサンゼルスに来ています。
年末に行きそびれたところに、出来る限り足を運ぶつもりです。前回の滞在についてはあとで少し話します。

2019年初めてのブログは、ご覧の通り「です・ます」調で書いてみています。内容の都合上あえてそうしている、などではなく、こちらの方が「である」調で書くよりも気軽に書けそうな気がしただけです。なんとなく、前回までよりも直接人に話している気分に近い感じがしています。
今後のブログでも、気分や内容に応じて、二種類を使い分けていくつもりです。

さて、アメリカに来てはや半年、前回の内容と大分被りますが、書きたいことがあります。

それは自分の受け止め方の変化について、です。
いま僕は、英語の能力の物足りなさや、地元民との間の文化の違いという、生きていく上でのハンデを持って生活しています。
それがおそらく原因となって、アメリカ人と関わるとき、相手にされていないな、と感じることが多々あります。
こちらが伝えるのに手間がかかったり、ズレた回答をするので、会話するのがなんとなく面倒くさいのでしょう。
僕も渡米間もない頃は、そんな相手の対応に少しショックを受けていました。
ただ、前回の記事でも書いたけど、それはもう仕方がない。言葉を流暢に話せるようになることは別として、他人が何を受け入れるかなんて、不確定なので努力しようがない。
そこで、仮に他人に受け入れられなくとも、自分は基本的にこれで構わない、と思えたら行動がしやすくなるのではないかな、と考えるようになりました。
これまでの生活を通して段々とそう思うようになってきた気がしています。


ではここからは前回の滞在で体験したことを書きますね。
大晦日の夜は、一人でインディーズバンドのライブに行きました。郊外まで電車で向かい、ライブハウスの前で始まるまで20分ほど待機していました。
その間、隣に僕と同じように一人で待っていた男性に話しかけ、好きなアーティストの話で盛り上がりました。
以前のブログに書いた、一対一で話しかける作戦は、やはり会話が弾む例が多いです。
結局、彼と話したり、初めてモッシュに参加して他の客と一体になったりしながら、ライブハウスで年を越しました。

ライブの後、日本人の友人と落ち合って、ダウンタウンエリアを、空いている店を求めて歩きました。
しかし、考えが甘かったようで、アメリカではコンビニもファストフードチェーンも、深夜営業の店はほとんどありません。深夜に出歩く人がまずいません。
ついに僕たちは風の冷たい元旦の夜に、四方ホームレスのテントに囲まれた通りなどを、さまようことを余儀なくされました。
日本の、いつどこに行っても必ず見つかる優秀なコンビニたちを、たまらなく恋しく思った時間でした。

それから3時半ころ、メインストリートに到達しました。それまでの不穏な裏通りとは打って変わって、道路ではクラブ音楽を大音量で流す高級車がちんたら走り、歩道は人でごった返しています。
そこらじゅうのクラブでパーティーが開かれているようで、キラキラ光るドレスを身にまとった姉さんがた、赤ら顔のチョッキの兄さんがた(どちらも白人多め、あとはアジア系が少し)が外に出てきて、大声で話していたり、ディープ・キッスしたりしています。
堂々とするにはあまりにもラフすぎた僕たちは、逃げるようにしてピザ屋に入ることにしました。

ただ店にもパーティー帰りの方々が沢山いて、座席に食べ残しが積み上げられているほど混んでいましたが、そこで朝を迎えるつもりでペペロンチーノピザを頼みました。
猛烈な眠気の中食べていると、店内に、鮮やかな色のバンダナを首に巻き、袖なし、短パンの水兵のコスチュームをした若い男性数人が、楽しそうに入ってきて注文し始めました。
どうやら、通りを挟んだ向かいの建物が、大きなゲイクラブだったらしく、パーティーの途中で出てきたのだと思われます。
彼ら数人の仕草や話し方の独特さ、ファッションの統一性には少し惹かれました。
外を見てみると、ゲイクラブの前には、ほぼ男性で構成された長い行列ができていて、レザージャケット/パンツの人、厚化粧のドラッグクイーンなど、さまざまな種類の格好をした人達が熱気を持って、店へ入るのを待っていました。

僕たちはその後また街をさまよい、5時に開店したスターバックスで朝を迎えました。おそらくメインストリートでしらふだったのは、僕たちとホームレスの人たちだけだったでしょう。歩道には、ごみや人糞、何らかの液体が散乱しており、汚かったです。

大晦日に行くのはもうこりごりだけど、インパクトのとても強かったストリートの光景は、ずっと頭に残っているだろうと思います。


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