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捨てるはなし。


こんばんは、荒木です。
今日は、糸島高校での糸高志学があり(糸高志学とは?前回の活動のようすはこちら)、
九州大学前期試験の合格発表があり(WITH-Üへぜひ!)、
私は中国でサイクリングをしていました🚲
とてもこわかったです。

1年前のこの時期も中国にいました。(「上海からこんにちは」「南京のはなし。」)
今回も、同じプログラムに参加をさせていただいています。

1度目の「体験」は、すべてのことが新しく、なにもかもが楽しいし、たくさん学んで帰ることができるのですが、
2度目の「体験」は、どう価値を創り出すことができるのか、不安がありました。
しかし、実際に中国に来ると、1年前に一度訪れた場所でも見えてくるものが違ったり、
同じような交流でも考えることが違ったり。
新たな大学との交流がスタートしたり、新たな取り組みが始まっていたり。
昨年からさらにパワーアップした体験をさせていただきました。

今回は、その中から考えたことを2つ書きます。
1つ目は、体験から得る考えを構成するものについて。
2つ目は、取捨選択について。

先程述べたように、
昨年のプログラムと今回のプログラムでは、考えることが異なりました。
もちろん、もっと英語を話せるようにならなくては、など、同じようなことも思いましたが、
「今」どうなりたいかだけではなく、「その先」どうありたいかまで、少し考えを広げることができたような気がします。
それは、たとえ同じ「中国」という場所を訪れていたとしても、
誰と、どういう風に、どのような心持ちで、どのようなことに期待をして、何のために参加をするかによって、
変化させられたことだと思っています。
昨年は、最年少で参加をし、同級生といる時間も長かったのに対して、
今年は、後輩も一緒に参加をし、院生の先輩や後輩、先生方とお話する時間が長かった。
その結果、しっかりしないとなという意識も生まれ、学術的な話を見聞きする機会も増え、考えが少し変わったのではないかなと思います。
参加をしている自分自身も1年間の学びを通して成長した自分であってほしいなあ、と思ってはいるのですが。

そんな学びにあふれた時間でも、このプロジェクトに参加をするということを選んだことによって、捨てなくてはならない選択もありました。
糸高志学には参加をしたかったし、事前準備などに追われていくつか断った予定もあるし、帰国してからも忙しい日々が数日間続きそうです。
1つの選択を取るときには、たくさんの選択肢を捨てないといけないということ。
1つの選択からたくさんの学びがあったとしても、捨てた選択肢にも学びの可能性があったということ。
そうなったときに、どうしても優先順位をつけて判断をしなくてはならなくなってきます。
なにが自分の中で重要なことなのか。それは、ただ単なるやりたいことであって、やらなければならないことではないのではないか。
やりたいこと、やりたくないこと、やらないといけないこと、やらなくてもいいこと。
自分の中でその分別ができていないと、「やって後悔」はしなくとも「やれなくて後悔」はしそうな気がします。

ただ体験して、楽しかったなあ、だけで終わってしまっては、
捨ててしまったたくさんの学びが惜しいので、
この学びをしっかりと、未来の自分と、そのまわりにいかせるようにがんばろうと思っています。

中国は寒いです。
歩道を歩いているのにクラクションを鳴らされることにもようやく慣れましたが
もうそろそろお別れです。
帰国してからががんばりどき。

4月に新しく入ってくる新入生との出会いを楽しみにしながら、
今回の学びをしっかりと自分のものにしていきたいと思っています。


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