かえる会

表現の自由を守るのだ!


表現の自由を守るのだ!
筒井優菜

こんばんは。
引っ越しやなんやでバタついている筒井です。

さてさて今日はかえる会の報告ブログ。

プレゼンテーターは、独自の軽快な言い回しのブロガーりーぬです。

12月のぷれぜんとでも司会をしてくれたし
『何かを伝えること』が得意なりーぬが選んだテーマは

『表現の自由を守るのだ!』

何でもこのテーマ、大学の講義を通して生まれたんだとか。

表現にも色々な伝える方法があって
今主流なのは、放送(テレビとかラジオとか)とインターネット(Twitter、SNS)

これらの情報発信ツールを使って、いつでもどこでも膨大な量の情報にアクセスできたり、私たちもまた情報を手軽に発信する側になったりすることもできます。

では、表現の自由は守る必要があるのでしょうか?

りーぬ的には、表現の自由が制限されているとしんどいから嫌だそうです。
これは私も同感。
言論統制というと、私の場合、北朝鮮や第二次世界大戦下の日本なんかが思い浮かびます。
国家の方針に反する発言しただけで、牢屋に入れられるなんてごめんだなーって感じです。

他の参加者からも、表現を統制すると独裁者っぽくなって危なそうとか権力が集中するとか懸念する声が上がったり
表現を統制してしまうと、言いたいことが言えないというフラストレーションがたまって、大きく爆発してしまって、テロリズムにつながっちゃうかもという意見もあったり、、

最終的には、「守る」っていう表現がしっくりこないかもって話で落ち着きました。
守る以上は、その表現の自由を侵す敵や抑圧するものが存在するという前提があるわけで
そもそも表現の自由は、不可侵な感じがするよねーって感じです。

そして、りーぬからもう一つ質問が。

“悪口”は表現の自由として守られるのか??

これがとっても厄介。

最初は個人の悪口の話で考えました。
「○○君ってちょっとうざいよねー」的な

個人的に印象に残ってるのは、批評と悪口の話。

「○○のこういう部分がよくないと思う」
という発言は、批評のつもりでいったとしても、相手によっては悪口だと受け取られて傷つけてしまうことも。

確かに、、筒井は悪口とは思わないけど傷つきはするなあと思います。

悪口となると、それによって傷つく人が出てくるっていうのが厄介だなあと思います。
ディスカッションの中でも出たけど、公共の福祉に反しない限りで表現の自由は認められるべきだと思う。

けど、どこからどこまでが公共の福祉で、だれがその公共の福祉を決めるのかとかも難しいなあって思うし。

結局、悪口を完全に統制することはできないんじゃないかなーと思いました。

個人的には、ヘイトスピーチ禁止するのも微妙だなあと思っちゃうので『伝えたい何か』があって、言ってるわけだからその点では、他の主張と何ら変わりないなあって
誰かの正義と誰かの正義がぶつかってるような気がしてならないんですよね
もちろん全てが全てとは言わないけれど

かえる会の最後には、表現の自由には服装も入るよねとつぶやきが

男の人がスカートはいてたり、髪を長く伸ばしてたりしたとき
非常に申し訳ないんですが、私はちょっと怪訝な目で見ちゃいます。

今まで育ってきた文化とは違うから。

さて、皆さんは表現の自由についてどう思いますか??

まとまりがないですが、この辺で終わりにしたいと思います。


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