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過去の読書


過去の読書
松延壮

もう3週間もまえから休みなのですが、これまで何をしてきたのか、あまり思い出せません。生活は緩み切っています。外出しようにも、行ける所がないのです。
車はもとから持たず、自転車も、知らぬ間に無くなっていました。その自転車には、いくつか、思い出がありました。
仲の良かった留学生の友人を、うしろに乗せたこともあります。それが盗られてしまったのは、格差社会の厳しさのせいでしょう。それに対し自分は、呑気すぎたのですね。きっと、そうです。

仕方がないので、家に籠もるようになり、すると体力も消費されませんから、就寝時刻がじりじりと遅れていきました。近頃は、皆が起床するころに就寝するようになりまして、このままいけば日本時間で生活できることを思い、WITH-Üはじめ日本の皆さんに、よりいっそうの親近感を寄せているのですよ。

 

図書館付近で

今回は、「おすすめの本」をテーマとして書くことになっています。ただ、自分には、皆さんに何をお勧めすればよいのか、わかりません。あまり本を読んで来なかったのです。他の人のブログを読んで、皆さん幼い頃から、様々な分野の本を読んできたことを知りました。
自分は中学に入って以降、楽しみとして、積極的な気持ちをもって読書に耽る、というような経験をしたことがありません。
高校時代、強制的に本を読もうとしたときは、目で文をたどるだけで、頭の方では、友人に言われた言葉や、親の腹立たしい言動、またロバート秋山の変顔などが、次から次へと秩序なく巡っていくので、いつも内容の薄い時間を過ごしていました。
稀でしたが、まともに読書ができたのは、きまって試験前や試験期間中だったような気がします。高3の秋頃、学校の模試を受けずにジュンク堂に向かい、サイゼリアで短編小説を読んでいたのを覚えています。
当時の自分としては、太刀打ちできない模試を解くふりをしたり、山積みの課題を片付けようとして、結局嫌になってYoutube観賞に没入するよりは、少し無理をして小説を読むほうが、得られることも多く、よって罪悪感も少ない、という考えだったのでしょう。
このように、自分にとって読書とは、決して娯楽の対象ではなく、きつい勉強の代わりの活動でした。
ただ、作家の名前をそれほど知らず、ごく一部の人のものしか読んでいない上に、それらを、皆さんも読まれるべきだ、とは全然思いません。ここまで文章を書いておきながら、強くお勧めできる本がないことを、残念に思っております。

一冊だけ、紹介したいと思う本なら、あります。
町田康の「屈辱ポンチ」に収録されている「けものがれ、俺らの猿と」という小説です。不幸続きの中年脚本家が、仕事のチャンスをものにするために、小猿などとドタバタする話です。正直、詳しいストーリーは覚えていないのですが、読んでいる間、ずっと変な夢を見ているような感覚だった気がします。
話に登場する、とにかく珍妙な人間や、突拍子もない出来事に対して、主人公がツッコミみたいな役回りをしていて、そのたびに自分はただ笑っていた覚えがあります。何が、どうして、そうなるのかよくわからないけど笑えて、すらすら読み進められる、というような作品でした。

ここまで、わざわざお読み頂きありがとうございました。今回のブログはお終いです、さよなら。


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