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デザインのその先に


デザインのその先に
筒井優菜

みなさん、デザイン、という言葉を聞いてどんなイメージを思い浮かべますか?

………

なるほど、なるほど。
筒井的には、誰かに伝えたい何かを伝える手段、が「デザイン」だなーと思います。(これ以降、デザインを作り手目線で考えます)

大学に入るまでは、「デザイン」という言葉に圧倒的拒絶反応を起こしていたのですが、最近これを見るとちょっぴりわくわくしちゃいます。

高校までの筒井にとって、「デザイン」は、キラキラした世界でした(もちろん、今もキラキラはしてますよ!)。
デザイナーや芸術家と呼ばれる「デザイン」に長けた専門家たちがするのが「デザイン」。0から1を作り出す仕事。
筒井は、絵を描くことも0から何かを生み出すこともどちらも苦手なので、「デザイン」そのものに苦手意識を持っていたのです。

でも、この高校までの筒井の定義、狭いですよね。おそらく、狭義のデザインと呼ばれる定義に近いでしょう。

以前、ある企業さんに企業訪問に行かせて頂いたときに、なるほど!となったお話があります。

車を作る、となった時に、何を想像して作るか。
より速く走る車か、より安く作れる車か、はたまた最先端の技術を搭載した車か。
このような考え方は、不十分だ。
車以外のことを考えなくてはいけない。

筒井はこの話を聞いて、え!?え!?って感じになりました。
だって、車作るのにほかのこと考えてたら無駄じゃないの?って。

そして、この話は次のように続きます。

車を運転する人は誰だろうか?
どんな人と一緒に車の中で過ごすのだろうか?
車はどんな道を走るのだろうか?
車以外の周りの状況、コンテクストを考えて初めて「デザイン」した、と言えるのだ。

このような考え方を、少し難しい言い方をすると、人間中心デザインというようです。
ちなみに、「デザイン」の歴史からすると比較的新しい考え方になります(詳しい歴史は割愛)。

筒井は「デザイン」されたものを、何かしら形のあるものだと思っていたので、ソフト面を「デザイン」するという認識が新鮮だったのです。

「デザイン」されたものの先にいる、ユーザーを考えること。
1から新しい1を作ること。

上手く言葉で説明出来ないけど、この考え方がとても大切だなあ、なんて思います。

それで、筒井は何を伝えたかったか、というお話なのですが、結論から先に言うと、「デザイン」されたものとユーザーの間を「デザイン」する必要性があるよね、ってお話です。

これまた、別の企業さんに企業訪問に行かせて頂いた時のお話になりますが、ある技術者の方が

今の時代、あなたを手助けしてくれる技術は日常に溢れている。
大事なことは、ユーザーがその技術を知っているかどうかだ、

と仰られていました。

ふむふむ、確かにね。
能動的にユーザーが情報をキャッチすることが大切だよね、とは思ったのですが。
でも、それだけでは、不十分な気が筒井はするのです。

確かに、今はインターネットの普及で、様々な技術や情報にアクセスすることができます。
作り方を知らなくても、仕組みを知らなくても、その技術の使い手になることは可能です。

でも、それと同時に、そのような情報にアクセスすることにバリアがある人にとっては、情報格差が生まれていることを忘れてはならないなあと思うのです。

特に最近、筒井はテレビを見ないせいか様々な情報に取り残されてしまってる気がします。
先日は、災害情報を知らずに出かけてしまいゾッとした場面もありました(これ以降、ニュースアプリを入れた)。

テレビがない人、スマホを持たない人、義務教育を十分に受けられなかった人、日本語がわからない人、視覚・聴覚情報が十分に得られない人、得られた情報を理解することに困難を抱える人…

などなど、様々な情報弱者が存在しています。
そのようなユーザーと、「デザイン」されたものを繋ぐ必要があるのではないかなーと思うのです。(ようやく結論がいえた!)

これから、筒井はそこら辺のデザインを勉強していけたらなあと考えています。

また、勉強した後に報告が出来るといいな。
ではでは、「デザイン」の話はひとまず、この辺で!

To be continued …

ちなみに、Twitterの防災情報が、外国語表記(英語、中国語、韓国語)に加えて、「やさしい日本語」で表記されていてとても感動していた筒井でした。


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