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敗北の理由


敗北の理由
田中茜里

―負けた!!!

 

そう感じることって、毎日を生きる中で多々あると思います。
例えば、友達に、自分より恋人を優先された時。
例えば、自転車置き場に自分の自転車を置くスペースがなかった時。
例えば、歩いていて他人に追い越された時。
ちなみに一番上以外は自分の身に覚えがある出来事です。
えぇ、私もちっさい心だなと思います。

でも、特に一番遭遇する頻度が高く、
そしてしかも一番屈辱的な、
確固たる「負けた!」が私の中にあります。

それは、
疑問の余地を残してしまう文章を書いた時
です。

高校時代に放送部で日本語と向き合ったこと、
それが大きく関係しているのかなぁと個人的に思っているのですが、
田中はどうにも自分の文章が分かりにくいのが許せない。

LINEにしてもTwitterにしてもこのブログにしても、
読んだ人が???となる文章を書いた時に圧倒的な敗北感を覚えます。
何に負けてるの?と、自分でも思いますが、
そこにあるのは確かに敗北感なのです。

 

文章を書く時って、対象がいるじゃないですか。
じゃないとわざわざ文章にしないし。
誰かに何かを伝えたいから文章にする。
試されてる気にもなってるんですかね、その対象に。

対象に対する考えが、情報が足りなかったから。
「お前の配慮はその程度なのか!!」
と叫ばれているような気がするから。
そんな感じで負けた気になっているのかもしれません。

まあ完璧に分かる文章なんてそうそうないので、
日々敗北の中で戦っています。

 

…そう考えると何か、日記って不思議ですね。
誰に見られるでもない文章を書くなんざ。
私も気が向いた時に書いているのですが、
あの人に見られたいような見られたくないようなこそばゆい気持ちは何でしょう。

あのこそばゆい気持ちが前面に現れたのが、SNSというツールなのかもしれませんね。
知らんけど。

 

さて、みなさんの「負けた!!」は何でしょうか。
そして、それを「負け」だと感じてしまう理由は何でしょうか。
考えてみると、ちょっと自分が分かるかもしれません。

冒頭で書いた、
自転車を置けない時とか歩いてて越された時とかにやってくる敗北感についても、
何か理由があるかもしれません。
心がちっせぇだけかもしれません。
考えてみること、それ自体に意味があるのかもしれません。

それでは、また次回。


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