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私はこう出会う


私はこう出会う
安岡和由

どうも、安岡です。

 

最近ルポ的なブログが続いていましたが、今回は久しぶりにぐだぐだと考えたことを綴ろうと思います。

 

 

 

ここ数ヶ月、素敵な出会いの連続でした。沢山の面白い人たちに出会いました。

それぞれの興味分野について話したり、くだらない話をしてゲラゲラ笑ったり。お互いに素敵な人を紹介しあって新たな出会いに繋がっていくことも多かったです。

 

初対面の人と話すときって緊張しますよね。当たり障りのない質問を繰り返して少しずつ探るような感じが、何となくくすぐったいです。でも、あの表面的な会話は知り合ったばかりの時期しかできないから、それはそれで貴重だし面白いかな、と思っています。

 

そして、相手のことがある程度分かってくると、だんだん深い話もするようになっていきます。深い話いいですよね。その人の考え方や感じ方、つまり「その人らしさ」(その人が今までどのような環境でどのように考え、感じ、生きてきたか)が見えてくるから、とても面白いです。

 

まあその分、深い話をするときはそれ相応の覚悟がいりますけどね。それぞれに今までの人生をぶつけあうわけですから。どれだけ気をつけていても、相手を傷つけてしまうかもしれないし、自分が悲しい思いをするかもしれない。もやもやとした嫌な気持ちを味わうことになるかもしれない。それでも話したいと思ってしまうほどに面白いから、話したくなるんですけどね。

 

と、ここまで初対面の人との出会いについて書いてきましたが、最近「もうひとつの出会い」も頻繁に起こっています。

 

春ごろに出会った人たちとの出会いです。

 

出会って半年ほど経ち、その人のことをよく知っているつもりになっていても、ふとしたときに「この人ってこういうことも考えているんだ」と気づいてびっくりすることがあります。

 

その気づきが、今まで散々話してきたのに気づかなかったことなのか、その人が今まで私に隠してきたことなのか、半年間でその人に大きな変化が生じた結果なのかは分かりませんが、こういう出会いを果たしたときは「面白い!」と、ひとり興奮してしまいます。

この面白さを誰にも共有できないのが歯がゆいときもあれば、私だけ気づくことができたと嬉しくなることもあります。

その人の特別な側面を「私だけ」が気づくことができたから嬉しい、という意味ではないですよ。今までの関わりを経て今このタイミングで気づくことができたのは「私だけ」だから嬉しい、という意味です。様々な話をしてきたという過程が大事だと思っているので。

 

 

いろんな出会いがありますが、それぞれに面白さがあります。

でも、どうしてこんなにも面白いと思うのでしょう。出会いを面白くさせているのは何なのか。

 

それが「話すこと」なんでしょうね。

 

きっと、また半年ぐらい経ったら、秋に出会った人たちとも新たに出会えるかもしれません。出会いは連鎖します。「話すこと」を続ける限り。

 

そして、「話すこと」で面白くなる出会いの対象は、何も他人だけではありません、自分自身にもなりえます。

 

ひとりで様々に考え、ある程度自分の考えが定まったとしても、後で誰かに話してみると「自分はこんなことを考えていたのか」「いや、こういう風に考えた方が自分はしっくりくるな」と気づき、新たな自分と出会うことだってできますよね。

 

頭の中で考えるだけでは出会うことはできません。でも、「話すこと」を続ければ、新たな自分との出会いも連鎖していきます。

 

だから、「話すこと」は楽しいんです。

 

 

 

さて、私の初めてのブログ『君たちはどう話すか』を読んだことがある方、覚えていますか?

ブログの最後に「『話すこと』に関してはまだまだ書きたいことがありますが、続きはまた今度」と書いていました。あのブログから半年ほど経ちましたね。ちゃんと書きましたよ。

 

まだまだ「話すこと」について書きたいことは沢山あります。「私はどう話すか」は永遠のテーマですからね。またいつかブログにしようと思います。

 

それではこのへんで。最後までお読みいただきありがとうございました。また会いましょう。


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