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積極的になりたかった私


積極的になりたかった私
田中茜里

 

こんにちは、田中です。

ぼちぼち大学が始まりますね。
今までとは違う形の授業。わくわくどきどきです。
中々大変なスタートになってしまいましたが、
出来ることを出来る範囲でやるしかないので頑張っていきたいです。
…なんて言えるのも、それを支えてくれる色々な人の頑張りがあるおかげです。
本当にありがとうございます。感謝感謝。

 

さて、今回は、積極的になりたかった私のお話をしようと思います。

この自粛期間中、あるノートが実家から送られてきました。
中学2年生の時、当時の担任の先生の働きかけで作っていたものです。
学活や道徳で使ったプリント、そして学習時間の記録などを貼っていました。
大体それらはごみとして捨てられてしまうものでしょうが、
その年だけは、A4サイズのノートに記録されています。

そのノートを久々に見返して思ったことを書くだけのブログ。
極めて個人的なお話となりますが、どうぞお付き合いください。
(こう書いたが私のブログが個人的じゃなかったことは多分ない。)
(でもブログってそんなもんだと開き直っている。)

 

そのノートには、学期の目標や振り返りを書いたプリントも貼ってありました。
私はそこによく、
目標:積極的になりたい。
まとめ:なれなかった。次こそ頑張る。
ということを書いていました。
先生からも「なれるといいね、もうちょっと頑張ってみよう」
みたいなコメントを毎度もらっています。

その先生は私の入っている部活動の顧問もしており、
私は部活では割と好き勝手過ごしていたので、
「部活でのあなたをもうちょっと教室でも出せるといいね」
みたいなことも書かれていました。

 

この辺を見て、なんだかなぁと思いました。

当時の私がそれを見てどう思ったのか、
今となっては微塵も覚えちゃおりませんが、
多分、「今のままではだめだなぁ」と思っていたことでしょう。
1年間のまとめの作文みたいなのでもそんなこと書いてるし。
割とずっと「今のままではだめだ、もっと積極的にならないと。」
という気持ちを抱えていたように思います。

 

私は積極的になって、どうしたかったのでしょうか。
ここで言う積極的とは多分、
「一緒に行動するお友達が出来るように、
たくさん話せるような人間であること」
です。当時の文章と記憶を辿る限り。
発言がワッと出来る人と言うか。
私は発言しようか迷って黙り込む、ということが多々あったので。
あと移動教室とか休み時間とかに一人でいるのが寂しかったので。

 

結局、この1年間でそれが叶ったことは無かったようですが。
そして今も、
この時言っている「積極的な自分」になれているかと言えば、
全くもって全然なれちゃおりません。

 

だがしかし、
そもそも今現在の私は、そこまで「積極的になりたい!!!」とは思いません。
久方ぶりにノートを読んで、こんなこと言ってたかなぁ…と、
ぼやっと記憶を探ったくらいなので。

 

どうしてでしょうね?
私なりに考えた理由は2つあって、
自分が変わったことと環境が変わったこと、です。

 

まず、自分が変わったことについて。
大学になって、「なんか変わりたいなぁ」と漠然とした思いを持ってイベント系の団体に入りました。(WITH-Üはその最たる例)
そこでも色々な経験をしました。

それらを通して、
自分の「したい」を行動に移すのって、
自分が思っているよりもハードルを低く出来ることなのかもしれない、
と思うようになりました。
でもそれを「積極的になった」と言えるかというと、ちょっと違う気がします。

自分の「したい!」をもとに行動できるようになったのかな?
積極的になりたい、と言ってた自分は、
教室での自分の立ち位置を探していただけのような気もします。
「したい」よりは「こうならないと」という思いが強かったのかも。

もしかしたらこれは、「積極的になりたい」を
具体的な行動として考えられるようになった…ということかもしれない。

 

もう一つは、環境が変わったこと。
先程先生に「部活でのあなたを出せるといいね」と書かれたと述べましたが、
ここで言う「部活」のような場所を見つけられるようになったと思います。
WITH-Üもそういう場所の一つ。かも。

そういった場所で人と関わっていく中で、
これでもいい理由を探すようになりました。
今の私が今の私でいていい理由というか。
今の私のままでダメなわけではない理由、みたいな??

これは大学生になって、教室というくくりがなくなって、
授業とかサークルとかバイトとか、
自分で選べる範囲がある程度広がったからこそできたことかもしれません。
(これでさえも狭いかもしれんけど私にとっては大きなことなのだ。)

教室って色々な人がいて、
まあだからこそ人との関わり方を学べる場所だったのかもしれませんが、
私はそこに適応するのが下手っぴだったのかなぁと思います。

 

…こんなの自分が何もできなかった言い訳に過ぎんかもしれませんがね!

 

だからまあ、
当時の私に声をかけるなら、
「そのままでいいと思うけどなー。
部活みたいな場所があれば十分じゃない?」
という気がします。
でも多分当時の私は
「それでも教室で1年間生きていかんといけんのじゃ!
外から高みの見物みてぇによぉ!」
と言うと思います。

我が強いので結局何言ってもダメかも。
でも、先生の言葉を真に受ける人間だった私には、
先生の「積極的になろうよ!」という言葉とは違う言葉をかけたいなぁと思うのです。

 

 

自分の話終わり。
結局何が言いたかったんでしょ。
うーん。
大学って、今までのような「教室」というくくりがないから、
自分が自分でいていい空間を探せる場所でもあるよ、
ということかな。

自分の「好き」「やりたい」を見つめながら、
色んな人と関わりながら、
自分について知っていければいいね。
と思います。

 

ただ、大学での2年間が終わって、とりあえず学部生として残り半分。
将来について考えるには、
こうやって「自分」について考えるだけではなんだかいけなくて、
これが自分の外側とどんな関わりを持てるのか、を示さないとといけないようです。
最近それに気づいて嫌だな~~~と思っていますが、
世界はかつての教室よりも広いはずなので、
色んな世界を知って、色々折り合いをつけていけると良いなぁと思っています。

 

 

私にとって大学ってこんな場所、というお話をしました。
みんなにとってはどんな場所でしょうか??
1年生はこれからですね。わくわくだね。

 

よし終わり。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
それでは、また次回!
とりあえず今は授業にむけて頑張りましょ!


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