かえる会

まなび


まなび

 こんにちは。金本です。みなさんいかがお過ごしでしょうか。先日は福岡での新規コロナ感染者が0となり、九州大学では部活動の一部再開や秋学期以降の一部対面授業の検討などが行われ、私自身は若干ではありますが自粛から再開への流れを感じているところです。

 さて、本日のブログの内容ですが、先週の木曜日、9月3日に行われたかえる会の報告ブログです。期末試験などの関係で7月30日以来約1カ月ぶりのかえる会となりました。今回のテーマは「いま、何のために学んでる?」。池上彰さんの著書「何のために学ぶのか」の内容に沿ったものでした。日々の生活の中の「まなび」を大切にする私たちWITH-Üメンバーにとってはとてもホットなテーマだなと感じました。プレゼンターは甲斐君。記念すべき初めてのかえる会プレゼンターでした。

 冒頭私たちに投げかけられた問いは「小学校から今まで何のために学んでいるか?」というもの。みなさんはこのような質問をされたら何と答えますか?小学校からずっと同じ目的で学んでいる人はいないのではないでしょうか。実際今回のかえる会参加者の返答は「小学生の時は~、中学生の時は~」といった年齢ごとで区切った形で行われました。正しい知識を身に着けたいからという自分の興味関心を理由とした意見も聞かれましたが、テストがあるから、単位のため、勉強しないと怒られるからといった外発的な動機が多く聞こえました。やはり勉強は外発的理由ではなく内発的な動機で行うのが理想のように思えます。しかしあらゆる教科に関心を持ち自主的に勉強することは可能なのでしょうか。知識は宝。どんな知識も意外なところで役に立つものです。数学の因数分解だって大人になって使わない知識のように思えても、複雑なものの共通項を見つけ整理するという思考過程は仕事だけでなく普段の生活の中でも重要な考え方でしょう。どんな知識もいつか役立つ時が来るとは言うものの、学んでいる当時はその知識がどう役立つのかわからないことが大半です。これが私たちが結局外発的な理由で勉強することになる残念な要因なのかもしれません。

 また甲斐君は日本人のリベラルアーツの低さにも言及しました。リベラルアーツとは教養のことでほかの先進国に比べて日本人は教養が足りないと言われているようです。ある程度英語力を身に着けた日本人が実際海外に出た時あまり英語が話せないのは英語力が足りないからではなく教養が足りないからという考えもあります。確かに本格的な芸術(美術、演劇、音楽など)に触れる機会は多くありません。学生の時などは一年に一度の芸術鑑賞で見るくらいという人が大半なのではないのでしょうか。もちろん美術館や劇場に赴きお金を払えば見れるのですがそれほど関心の高くない人にとっては敷居の高い場所になっているのではないでしょうか。知識を教養に変えるためには強い関心が必要。教養を身に着けるための関心を深めるためにもこうした芸術に触れる機会を増やすことは大事なのかもしれません。

 「いま、何のために学んでる?」というテーマで行われた今回のかえる会でしたが今現在だけでなく過去の自分の学びやこれからの学びについて考えさせられるものでした。話し合いも盛り上がり、終了後には「あと小一時間はこの話題について話していたい。」という声も聞かれました。また機会があればみんなと「まなび」についてかんがえてみたいなと思います。


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