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ナレーションのないドキュメンタリーに触れてみた


ナレーションのないドキュメンタリーに触れてみた

  みなさんこんにちは。連日の雨と気温の上昇で蒸し暑い季節がいよいよやってきたという感じですね。今日は7月23日(木)に行なわれた「メディアに触れよう!の会」の報告ブログです。「メディアに触れよう!の会」は始まったばかり。今回で二回目になります。一回目のときの報告ブログはこちら→with-u.educiao.com/メディアの世界を覗いてみました

 
 今回私たちが観賞したのはNHK「ノーナレ」シリーズ2019年5月20日放送の「恋愛圏外」というドキュメンタリーです。このドキュメンタリーのなかでは「アセクシュアル」であるなかけんさんと周りの方々との人間関係がナレーションなしで描かれています。アセクシュアルとは他者に対して性的欲求や恋愛感情を抱かない人のことをいいます。なかけんさん本人の口から恋愛感情に対する認識やつらい過去、今の社会に対する思いなどが語られていました。なかけんさんだけでなくなかけんさんの母親、親交の深い友人の方などが登場し、なかけんさんとの関係性、なかけんさんへの思いを話されていました。
 
 
 今回私たちは主に「印象に残った「語り」はあるか」、「ナレーションがないことによる効果があるか」といった2つの観点に着目して見ました。まず印象に残った語りとして挙げられたのは、なかけんさんは西野カナさんの歌詞にある好きな人に会いたくて震えるといった感情を理解できず、友達に大好きなドーナツが食べたくてしょうがない気持ちみたいなものと例えてもらうことで理解できたというエピソードです。他人の恋愛にあまり関心がないという参加者からは友達の恋バナは好きな食べ物を聞いているのと同じ感覚だ、と恋愛を食べ物に例える感覚に共感する声が聴かれました。またなかけんさんの、今の世界には60~70%を100%にするためのものはたくさんあるがマイナスをゼロにするものはほとんどないという意見に納得したという人もいました。今回はNHKの「ノーナレ」シリーズということで二つ目の観点「ナレーションがないことによる効果があるか」という点については多くの意見がでました。「普通こうですよね。」という押し付けがなかった。そのぶんアセクシュアルではない母親や不動産屋さんの語りが対比として感じられた。ナレーションがあるとナレーションに甘えてしまうが、それをなくすことは視覚的に「見る」ことに集中させるための技法だと感じた。ナレーションがないということは急に人が話し出すということであり「この人何が言いたいんだろう。」となりかねない。そうならないためにも順番等構成が非常に大事なんだろう。このような様々な感想が聞かれました。
 
 
 普段あまり触れることのないナレーションのないドキュメンタリー。それを作る側の視点で見ることで人から話を引き出すスキルや違和感を感じさせない構成など作る側の凄さを感じた「メディアに触れよう!の会」でした。

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